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構造コラム第36回「シドニー オペラハウス~幾何学にのらない曲線~その1」

2020/03/13構造設計

世界三大美港の一つ、シドニーのポート・ジャクソン湾に突き出たベネロング岬に、総合芸術劇場のオペラハウスが立っています。

 

屋根・外壁は連続した曲面で構成されていて、白色と淡い桃色の釉薬をかけたスウェーデン製のタイルが張られていて、その船舶の帆のような、あるいは貝殻を合わせたような独特な外観は、シドニーのみならず、オーストラリアを代表するランドマークとなっています。

 

2007年には、世界遺産に登録され、学術審査にあたったTICCIH(国際産業遺産保存委員会)は、「コンクリートの新しい使い方を提言し、独創的な構造を支えるため新たな補強材のリブを考案したことは将来的な建築の可能性を広め、その意匠は創造性と革新性を兼ね備えている」と評価しています。

 

シドニー オペラハウスの建設工事は、当初4年の工期を見込んでいましたが、完成までに14年もの年月が費やされました。それに伴い、予算においても、計画時見積もりの700万ドルから、14倍の1億ドル以上に膨れ上がりました。現代において、14年という工期は、建築というよりも、土木のダム工事等のスケールにふさわしい年月です。工期と予算の大幅な超過をうけて、工事半ばで設計者の建築家は解任されることになります。

 

その屋根・外壁の曲面が、いかに実現困難なものであったか。設計者であるデンマーク人建築家ヨーン・ウッツォンと、構造設計者オヴ・アラップは、どのように、その困難に立ち向かったか。ヨーン・ウッツォン解任後もプロジェクトに残留したオヴ・アラップの取り組みと、構造設計者の役割について、20世紀の建築史上最大の難工事のひとつとされている、シドニー オペラハウス完成までの紆余曲折のストーリーをご紹介していきたいと思います。

 

1958年、シドニー港に突き出す岬の先端にオペラハウスを建設する計画が立ちあがり、国際コンペが実施されました。世界から200件を超える応募が集まり、国際的にはまったく無名のデンマーク人建築家ヨーン・ウッツォンが選ばれました。ウッツォンはフリーハンドで外観スケッチを描き、風をはらんで重なり合うヨットの帆ような、そのなめらかで優雅な曲線は、審査員のみならず、当時の世界中の人々を魅了しました。

 

しかし、このスケッチは、解析することもできなければ、つくることも出来ない、言ってみれば空想上の産物でした。薄い曲面は、鉄筋コンクリートのシェルとして建築的に実現されるわけですが、この時曲面に直交する力が発生すると、リブや折板構造等による補強が必要になります。余計な補強のない、なめらかな曲面とする場合は、曲面に直交する力をほとんど負担出来ないので、曲面に沿った軸力のみで力の流れを伝達できる適切な形状を選ぶことが重要です。

 

「シェルの内面を卵の殻のようにスムーズにしたい」というウッツォンの意向が、構造設計者であるオヴ・アラップと彼が代表を務めるアラップ社を3年以上にわたって苦しめることになります。

 

まずやらなければならなかったのは、フリーハンドで描かれた曲線を数式で表現できる幾何学形状に置き換えることでした。パソコンも計算プログラムも整っていない当時、複雑な曲線を扱うには、高度な数学的理論を駆使して手計算で解かねばなりませんでした。そのために、なんとしても幾何学形状に置き換える必要がありました。

 

まずは、ウッツォンが描いた曲線が放物線に近いことから、放物線案をもとに検討が始まりました。形状を数式で表現出来さえすれば、計算が可能になります。しかし、事はそれほど簡単な話ではありませんでした。

 

(次回へつづく)

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