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構造コラム第37回「シドニー オペラハウス~幾何学にのらない曲線~その2」

2020/04/10構造設計

前回は、シドニー オペラハウスのコンペ案について、その屋根曲面のスケッチを数学で解析することの困難さについてお話しました。設計者であるヨハン・ウッツオンの「卵の殻のようになめらかな曲面にしたい」という強い意志を実現しようと、オヴ・アラップと構造設計技術者達は、想定を超える長期間、苦心を重ねることになります。

 

まずは、屋根の曲線を放物線に見立てて、解析作業が始まりましたが、シェルの足元に作用する力があまりにも大きくなり過ぎて、設計出来ないことがわかりました。この強大な力に対応するため、シェルを2重構造とし、その中に鉄骨トラスを組み込む案、開口部をルーバー状の壁で補強し、重なりあう3つのシェルを一体とする案、等々も提案されました。しかし、ウッツオンは1枚の滑らかなシェルに強くこだわり受け入れませんでした。

 

それらの検討に、3年以上の膨大な時間と技術を投入した結果、卵の殻のようになめらかなシェルは、どうやっても実現不可能であることがわかりました。結局、屋根曲面を無骨なリブで補強する案で進めることになりました。

 

残念ながら、アラップと彼が率いる一流の技術者集団をもってしても、ウッツオンのスケッチに描かれた曲面の実現が、著しく困難なチャレンジであることはわかっても、実際に不可能であることを見抜くのは難しかったようです。当時はシェル構造の黎明期であり、世界各地で、次々と斬新なシェル構造が実現し、その可能性が大きく広がっている時期でした。シェル構造の未だ秘められたポテンシャルを引き出せば、もしかしたら実現可能かも知れないと思わせる絶妙な説得力が、ウッツオンのスケッチにはあったようです。

 

しかし、シェルのような曲面を用いた建築物では、いかに設計するのかということと同時に、いかに造るのかという施工上の諸問題が、建築の本質にも関わる重要な論点となります。

シェル構造の建設コストは、一般に構造体そのものよりも、型枠・支保工により多くの費用がかかります。小規模なものであれば、幾何学に乗らない任意形状でも手間をかければ造ることはできますし、形が似ていれば型枠等もまた別の現場で再利用が可能です。

しかし、シドニーオペラハウスのような単一のビッグプロジェクトでは、繰り返しのない複雑な曲面では、型枠の作成に膨大な時間とコストがかかりすぎ、現実的には建設不可能になってしまいます。

そこで、ウッツォンは、屋根の複雑な曲面をひとつの球形の一部と見立てるアイデアを思い付きます。全ての曲面をひとつの球の曲面から切り出す。球であれば、どこでも曲率は一定ですから、型枠はいくらでも再利用できますし、工場で効率的にプレキャストすることも可能になります。方針が決定され、ようやくプロジェクトは実現に向けて動き出すことになります。

 

ウッツォンはコンペを勝ち獲ったものの、これほどの巨大なプロジェクトを担当した経験もなく、事務所の体制も整っていませんでした。オペラハウスの施工は、設計が終わる前からスタートし、現場は刻一刻と進むなか、それでも実現にこぎつけられたのは、構造設計者アラップのマネージメント能力によるところが大きかったといわれています。

 

構造設計事務所アラップ社がオペラハウスの構造設計に費やした時間は、37万5000時間に及んだそうです。これは、「18人のエンジニアが10年間その設計に専念した」時間に相当します。しかも、携わったのは、当時、超一流のエンジニアばかりです。

 

シドニーオペラハウスは、当初4年で完成するはずだったものが、14年かかりました。建設も半ばの1966年には、工事の遅れの責任を取るかたちで、ウッツォンが設計者を解任されるという衝撃的な事件もありました。しかし、ウッツォンが解任されてもアラップ社は解任されませんでした。当時の関係者が、アラップ社抜きでは、工事を完成させることが出来ないと考えていた証左ではないでしょうか。

 

2007年には、 世界遺産に登録されたわけですが、その選考基準でも、「建築形態」、「水景上の優れた立体芸術」、「世界的に著名な偶像的建築」等の言葉と並んで、「構造設計」が挙げられており、アラップ社の貢献について言及されています。優れた技術者集団は、その持ちうる「技術一本で勝負する」と、時代の変化とともに淘汰されていくことを心得ているのです。

 前回は鋼材の種類やJIS規格
 建築業界では、木造のことをW
構造設計では、特定の災害への対

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